この記事の要点は...
- 再生可能エネルギーのアグリゲーションとは何か?
- 発電機などハードの知見と、AI開発力の合わせ技!
- 「発電量予測AI」と「取引戦略AI」の全貌とは?
熱波による干ばつ、集中豪雨など、気候変動の悪影響を抑えるには温室効果ガスの排出ゼロが必要だ。今、世界150ヶ国以上がカーボンニュートラルの達成年を決め、日本は2050年に設定した。この温室効果ガスの排出源の約1/4は「発電」であり、再生可能エネルギー(以下、再エネ)の普及が急がれる。そのような中で注目を集めているのは、2022年4月にスタートした「FIP制度(Feed-in Premium)」だ。
FIP制度の特徴は、これまでの固定価格での買い取りと違い、市場での取引であるため価格が変動することだ。この価格に対してプレミアム(補助額)を上乗せすることで、再エネの導入を促す。もう一つの特徴は、再エネ発電の計画と実際の発電量(販売量)を一致させる『計画値同時同量(バランシング)』の義務だ。これを達成できない場合は、基本的に、発電事業者は損失を被る。再エネ発電の事業者は、変動する再エネの発電量を精度高く予測し、いつ、いくらで売るかの戦略をたてる必要がある。
そこで『アグリゲーター』の存在感が増す。アグリゲーターは、再エネ発電者の電力を束ね(アグリゲートし)、発電事業者の代わりに発電量の予測や、市場取引をすることなどを担う。
経営理念・方針をもとに、再エネアグリゲーションサービス事業を開始
そんなアグリゲーションサービスを東芝が始めたのは、2022年5月。東芝エネルギーシステムズでこの事業を担う金子雄氏によれば、事業開始の背景は次のとおりだ。
「東芝の経営理念は、「人と、地球の、明日のために。」です。経営方針としてカーボンニュートラルの実現を目指しており、再エネ普及に必須のアグリゲーションサービス事業の開始は当然のことでした。
また東芝は、資源エネルギー庁の国家プロジェクトに参加し、アグリゲーションに必要な技術を持っています。これまで太陽光発電の開発、建設を手掛ける中で、再エネ発電のお客様からFIP制度への対応について多くの相談を受けました。お客様の課題を解決するのは、我々の使命。そして、これまで培った発電機などハードの知見もいきる。こうしたことが、今回の事業開始につながりました」(金子氏)
東芝の再エネアグリゲーションサービスは、次のサービスを主に提供する。まず再エネ発電者から電力を買い取り、市場で売却する卸売りだ。その他にも、発電者に代わって、「再エネの発電計画と実販売を一致させる業務(計画値同時同量)」を代行する。再エネ発電者には、東芝の買取り額に加えて、国からプレミアム(補助額)が届く。これは、再エネ発電者の収益安定化、持続可能な事業にも貢献する。
金子氏は、資源エネルギー庁の国家プロジェクトに携わり、アグリゲーション運用技術、システム開発を続けてきた人物である。東芝の強みについて、踏み込んで話してくれた。
「産業用の太陽光発電の投資回収には、10年以上と長くかかります。そのため、お客様との信頼関係や、企業として継続した価値提供が重要となります。この点で、太陽光発電の設計・施行で蓄積した、東芝のハードの技術力が評価されています。ハードの知見をいかした再エネアグリゲーションは他企業にはなく、大きな強みと言えるでしょう。
また、東芝は国家プロジェクトに参加しており、資源エネルギー庁と定期的に情報交換を行い、制度の趣旨などを把握しており、ときには制度に関する提言も行います。そのため、2050年など将来の社会像を描き、そこから事業計画を立てられるのです。その点で、信頼性と持続性どちらにも強みがあります」(金子氏)
10の部署を横断する大プロジェクト
このアドバンテージは、東芝の総合力があってのことだ。開発リーダーとして複数のシステムをまとめた本宮氏によると、多くの部門が協力することで、再エネアグリゲーションの仕組みが実現したという。
「中心となるのが、私たちエネルギーアグリゲーション事業部で、アグリゲーションに必要なシステムや要素技術の研究開発を統括しました。例えば、研究部門には『発電量予測AI』や『取引戦略AI』を開発してもらい、府中事業所には実際に『市場取引する機能』を開発してもらいました。
その他にも、アグリゲーション事業に必要な『蓄電池の運転計画の計算方法』の開発や、『システム全体の保守』も専門部署が担っています」(本宮氏)
これらをうけて、カーボンニュートラル営業部が、顧客と一緒に現場で導入を進めていく。数えれば10の部署が関わる、大プロジェクトになった。
アグリゲーションの鍵となる発電量予測AIと取引戦略AI
ここからは、東芝の再エネアグリゲーションの肝となる「発電量予測AI」と「取引戦略AI」に注目していく。再エネの発電計画と実販売との一致が求められる中、欠かせない技術だ。これらのAI開発を取りまとめた、東芝 研究開発センターの吉田琢史氏が、それぞれの仕組みをかいつまんで説明してくれた。
「まず、『発電量予測AI』について説明します。日照時間などの自然条件によって、再エネは発電量が変わります。どういうデータを、どのように分析し、予測精度を高めるか。技術力が最も問われます。
太陽光発電の導入時は、当然ながら実際の発電データが少ししかありません。東芝は気象予測データを用い、その数値に対して、太陽光発電の工学モデルを組み合わせて発電量を予測します。この組み合わせは、工学モデルを持つ東芝だからできる強みです。
気象予測データは、通常は気象庁のものを使います。しかし東芝は、海外のデータを加え、そこに自社でシミュレーションをかけることで、データの精度を高めます。工学モデルは、太陽光パネルの角度、枚数、大きさ、面積などの変数を入力すると発電量をはじき出す数式と思ってください。東芝は、これまで太陽光発電パネルを建設してきたため、この工学モデルを開発できるのです。
ただし場所によっては、雪がかぶさる、保守の仕方が違う等の想定外が起こります。そういった太陽光パネルの設置条件を推定するAIを、工学モデルに組み合わせて精度を高めます。しばらくすると太陽光発電の実績データが蓄積されるので、分析に加えることで発電量予測AIが本領を発揮します。なぜなら、気象予測と発電実績の関係を学習し、使えば使うほど精度が高まるからです」(吉田氏)
これで、発電計画と実販売の一致のうち、発電の精度は課題解決できそうだ。では、実販売の精度は、どのように高めるのか。続いて、「取引戦略AI」の仕組みについて、吉田氏が説明してくれた。
「『取引戦略AI』は、発電量と販売量を一致させること、収益を確保することを共に実現します。その仕組みは、①取引する日の再エネの発電量、市場価格を予測して、それらを②過去の発電データ、価格データと組み合わせて、起き得るシナリオを複数作成し、その中から③全てのシナリオが起こる前提で、取引前日の市場(スポット)と当日の市場(時間前)の入札割合を、確率的に最も好ましくなるように算出します。
取引する日の発電量、市場価格をどれだけ正確に予測し、過去に行った予測と実際のずれを加味して、どれだけ意味のあるシナリオを作るか。再エネ発電も市場価格も揺れ動くものです。だが、膨大な変数を最適化するのは、東芝の得意技術です。これで意思決定の属人化がなくなり、経験が浅くても的確な取引ができます。
大事なこととして、カーボンニュートラルに向けて再エネを普及させるために、この事業があります。特定のアグリゲーターの収益最大化だけでなく、安定供給の視点も反映できる最適化モデルを設計するべきです。この市場は社会課題を解く場でもあるので、模範となる取引となるよう取引戦略AIを開発しています」(吉田氏)
エネルギーの課題解決のため、東芝が改革の一翼を担う
この物語も終わりに近づいてきた。それぞれの立場から、今後の展開を語ってもらおう。
プロジェクトを統括する立場から、金子氏は「東芝は、長らくエネルギー事業に携わり、様々な機器を開発・建設し続けてきました。それだけに、カーボンニュートラルに対する責務を強く感じており、再エネアグリゲーションで発電者に貢献していきます。また、需要側のシステム・サービスも持っていますので、そちらでも貢献していきます」と力を込める。
システムを統括する本宮氏も、「SDGsの『エネルギーをみんなに、そしてクリーンに』は、持続可能な近代的エネルギーの確保を重視しています。東芝が一つ課題を解けば、その先につながります。社内でも『適当なことはできない』と、社会・顧客の信頼に応えようとしています」と続けた。
金子氏、本宮氏の思いを受け、吉田氏は「再エネは進化し、電力システムの改革も進むでしょう。それらに先んじてAIを活用し、精度、機能の拡充、洋上風力など適用範囲の拡大を進めます。国や世界という高い視点から、どういう技術を開発するべきかを考え、研究を進めます」と語った。
カーボンニュートラルに向け、注目される再エネアグリゲーション。その中でも、発電機などハードの知見と、世界有数のAI開発力を持つ東芝は希有な存在だ。挑戦は始まったばかりだが、エネルギーの課題解決のために、東芝が改革の一翼を担うことに迷いはない。
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